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ホーム姫路市立四郷中学校

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 姫路市立四郷学院(後期課程)

『姫路市立四郷学院』(前期課程・後期課程)のホームページができています‼                                           

 インフルエンザの出席停止期間早見表〈日本語〉〈ベトナム語〉  インフルエンザの出席停止期間の数え方  

 

〒 671-0246

住所:姫路市四郷町坂元345-2     

TEL:(079)252-1467

FAX:(079)253-0719

E-Mail shigou-jhs@himeji-hyg.ed.jp         (NOリンク)

 校長  佐竹 弘人  

 教頭  木下 憲臣

  

四郷学院(前期課程)のページ

 

お知らせ

   

   

四郷学院(後期課程)へのアクセス

    

 

    

    アクセス

 

・JR西日本山陽本線 御着駅より南西へ2300m・徒歩30分

・神姫バス四郷中前停留所下車 南へ20m・徒歩5分

 

 カスミン(四郷学院(後期課程)マスコット)

 

 

                     

学校の風景

運動場北側より校舎を望む 運動場東側より校舎と体育館を望む
運動場南東より体育館を望む 玄関
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

玄関前より東側校訓の石碑を望む(1月) 玄関より西側の坂道を望む(1月)
運動場北東より校舎を望む(1月) 運動場南東より体育館を望む(1月)
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四郷学院校区の概要

 

  本校区は、11町からなり、市川の東に位置し、JR山陽本線より南に位置しています。本校の南側には麻生山がそびえています。ここ四郷町は、兵庫県指定重要文化財の宮山古墳・長塚古墳を始め、姫路市指定重要有形文化財の見野古墳群、阿保の百穴とも呼ばれる阿保古墳群など80を超す古墳があります。それゆえ「古墳の町 四郷」とも呼ばれています。また、地場産業として皮革産業があり、明治・大正・昭和の戦前・戦後では全国有数の生産量を占めていました。近年、皮革産業は衰退傾向にありますが、「皮革フェア」などイベントを実施し、まちおこしを図っています。 

時を越えて四郷の郷から古代が見える

宮山古墳(みややまこふん) 【国指定重要文化財】
   宮山古墳は5世紀後半の古墳で、直径約30m、3基の竪穴式石室を持つ円墳です。この辺りを治めていた首長の墓と考えられています。昭和44年(1969)、昭和48年(1973)の2回の緊急発掘調査の結果、3つの埋葬施設が確認されました。幸いにも、第2主体、第3主体は盗掘を受けずに完全な形で施設、遺物が発掘され、兵庫県指定の史跡になりました。主な出土品は、第1主体からは刀剣や鉄製のやじり、ガラス玉などの一部、第2主体からは金銀の象嵌(ぞうがん)が施された物を含む40本近い刀剣、数百本の鉄のやじり、7千個近いガラス玉、金製垂飾り付き耳飾りや金環等、第3主体からは画文帯神獣鏡(がもんたいしんじゅうきょう)、銀製指輪、金銅製品、短甲、冑などの武具、農耕具等です。


見野古墳群(みのこふんぐん) 【姫路市指定重要有形文化財】⇒兵庫県指定重要有形文化財】
   見野古墳群和光公園を中心に麻生山麓に古墳時代後期・終末期(6世紀後半から7世紀前半)の横穴式石室を持つ20基の古墳が点在しています。これを見野古墳群といいます。殆どの古墳の封土は流され、石室が露出しています。見野古墳群には2基の大変特徴的な古墳があります。
  1つは6号墳で、1つの封土に2つの横穴式石室が並行して作られています。石室は2つとも羨道(せんどう)、奥の壁もなく石室の前後が筒抜けになっています。1つの封土に2つの石室を持つ古墳(双室墳)は珍しいものです。平成18年と平成19年の発掘調査で6号墳は日本最古級の双室墳であることが分かりました。
 もう1つは10号墳で、全長11mですが、石室の天井石の長さが5mもある巨石で、姫路市の古墳では1番大きなものです。そのために、奈良県明日香村の蘇我馬子の古墳とも言われる「石舞台古墳」になぞらえて、「姫路の石舞台」と呼ばれています。

阿保古墳群(あぼこふんぐん)

  麻生山と仁寿山の谷間に、6世紀から7世紀にかけての横穴式石室を持つ古墳が点在しています。これを阿保の百穴(百塚)とも言います。百穴・百塚と言われるのは、古墳が百基あるという意味ではなく、たくさん密集しているという意味でそう呼ばれています。早くから盗掘を受け、「飾磨郡誌」には24から25基の古墳の残存が記されています。旧「姫路市史」の2巻では18基の古墳が確認されています。それ以降にも破壊されたものもありますが、平成19年の調査で32基が確認されました。

【出典:見野古墳群(姫路市立見野の郷交流館)・姫路古墳ロード健康ウオーキングマップ】

 

 

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